CHAPTER 05 印材・素材
象牙の印鑑のお手入れと保管方法|乾燥・朱肉・ひびを防ぐ習慣
象牙の印鑑のお手入れと保管方法を、博物館の保存の基準も参考にして説明します。印材になる象牙質は約12%が水分で、急に乾くとひびの原因になります。押したあとの朱肉の拭き取り、置き場所、冬の暖房と夏の車内の注意、汚れの落とし方、色の変化とひびの見分け方を取り上げます。
公開日: 2026年10月3日
象牙の印鑑を買った方や贈られた方から、「特別なお手入れが要るのでしょうか」とよく聞かれます。象牙は乾燥に弱いと聞いて、どこにしまえばよいか迷う方もいらっしゃいます。使ううちに付く朱肉の汚れや、色の変化を気にされる方も少なくありません。この記事では、まず象牙が乾燥を嫌う理由を説明します。そのうえで、毎日のお手入れ、保管場所、季節ごとの注意、朱肉の汚れの落とし方、ひびや欠けの見分け方を順に取り上げます。
象牙のお手入れは、押したあとに印面(押す面)の朱肉をティッシュで押さえて拭き、ケースにしまうだけです。水で洗う、アルコールで拭く、油を塗る、ドライヤーで乾かす、といったことはしないでください。置き場所は、直射日光と暖房の風が当たらない引き出しが向いています。夏の車内と、冬の暖房器具のそばは避けます。年に1〜2回、乾いた柔らかい歯ブラシで文字の溝の朱肉をかき出せば、線が太く写るのを防げます。使ううちに白い色が飴色に変わっていくのは、傷みではありません。気をつけたいのは、印鑑の頭(押す面の反対側)の細いひびと、印面のふちの欠けだけです。
象牙が乾燥を嫌う理由|象牙質の約12%は水分です
象牙は、ゾウの上あごの前歯が長く伸びたもので、印材になるのはそのうちの象牙質という部分です。最新 地学事典によると、象牙質の約70%は水酸りん灰石という鉱物の細かい結晶です。残りは、コラーゲンを主とする有機質が約18%、水が約12%です。鉱物だけでできた石と違い、象牙はもとは生き物の体の一部なので、水分を含んでいます。
どのくらいの環境なら安心かは、博物館の基準が参考になります。文化庁の「国宝・重要文化財の公開に関する取扱要項」は、展示ケースの中の温度と湿度に目安を設けています。温度は摂氏22度±1度、相対湿度は55%±5%で、急な変化も避けるよう求めています。西オーストラリア博物館の保存の手引きは、象牙を15〜25度、相対湿度45〜55%の範囲に置くよう勧めています。1日の変化も、温度は4度、湿度は5%以内が目安です。ご家庭の印鑑を、湿度計で管理するところまでは要りません。ただ、急に乾いたり熱くなったりする場所を避ける、という考え方はそのまま役立ちます。
毎日のお手入れ|押したら朱肉を拭き取り、ケースにしまう
象牙はきめの細かい印材です。全日本印章業協会も、印材の中でもっとも緻密な彫刻ができると紹介しています。細い線まで彫れるぶん、溝に朱肉がたまると線がつぶれやすくなります。押したあとそのままにしておくと、朱肉の油が印面にしみ込むこともあります。お手入れで大切なのは、押すたびに拭き取ることです。
ティッシュか柔らかい布を印面に当て、こすらずに2〜3回押さえます。こすると、朱肉が溝に押し込まれます。側面に付いた分も、同じように押さえて取ります。
ケースは、象牙を乾燥と衝撃から守ります。西オーストラリア博物館の手引きも、湿度の急な変化をやわらげるために、象牙をケースや箱に入れて置くよう勧めています。机の上に出したままにせず、使ったらすぐしまってください。
文字の溝に朱肉がたまると、線が太く写り、細い部分がつぶれます。乾いた柔らかい歯ブラシで、印面を軽くなでるようにして落とします。力を入れる必要はありません。
西オーストラリア博物館の手引きは、象牙を水に浸けたり表面を濡らしたりしないよう述べています。アルコールや除菌シートは、表面の水分を奪います。油を塗るとほこりや朱肉が付きやすくなり、ドライヤーの熱風はひびの原因になります。
印面のまわりが少し赤く染まっても、そのまま使えます。白い印材なので朱肉の色が目立ちますが、象牙そのものが傷んだわけではありません。気になるときは、押したあとにていねいに拭き取ってください。それ以上は広がりにくくなります。
保管場所の選び方|引き出しが向き、窓際や暖房のそばは避けます
象牙の印鑑では、どこにしまうかも、毎日のお手入れと同じくらい大切です。きちんと拭いていても、暖房器具の横に置いていれば、ひびが入ることがあります。家の中の場所ごとに、向き不向きを並べました。
寝室や書斎の引き出し
温度も湿度も1日の中で変わりにくく、光も当たりません。実印と銀行印は、ケースに入れてここに置くのが基本です。
桐箱の中
桐は湿度の変化をやわらげる木として、昔から大切な品の箱に使われてきました。2本セットや3本セットで桐箱を選んだ場合は、その箱をそのまま保管に使えます。
リビングの棚、玄関の引き出し
よく使う認印の置き場所に向いています。ただし、窓から日が差し込む棚と、エアコンの風が直接当たる場所は外してください。
かばんの中
持ち歩くときはケースに入れ、鍵などの硬い品とは別のポケットにしまいます。夏は、かばんごと車の中に置き忘れないよう気をつけてください。
窓際、直射日光の当たる机
日が当たる場所は、1日の中で温度が大きく上下します。表面だけが乾いて、細いひびが入りやすくなります。
暖房器具やストーブのそば
冬に、とくにひびが心配な場所です。温風が当たると、象牙の水分が急に抜けます。こたつの中に落としたままにするのも同じです。
車の中
夏の車内は、短い時間でも高温になります。契約に実印を持って出かける日は、車に残さず、かばんごと持って降りてください。
洗面所、浴室の近く
毎日、湿気がこもっては乾くことを繰り返す場所です。象牙そのものより先に、革のケースにカビが生えやすくなります。
金庫にしまう方もいらっしゃいます。それ自体は問題ありませんが、乾燥剤を一緒に入れていると、象牙には乾きすぎます。その場合は、印鑑だけ別の引き出しに移してください。実印と印鑑登録証(カード)を同じ場所に置かないことも、保管の基本です。
季節ごとの注意|冬の暖房と夏の車内
1年のうちで、象牙の印鑑にとくに気をつけたい時期は決まっています。
ひびにいちばん気をつけたい季節です。暖房のきいた部屋に出したままにせず、押したらすぐケースにしまいます。加湿器の蒸気が直接当たる場所も避けてください。
いちばん避けたいのは、車の中への置き忘れです。冷房のきいた部屋から炎天下へ持ち出すときは、ケースに入れてかばんにしまい、直接日に当てないようにします。
梅雨どきは、革のケースにカビが生えないよう気をつけます。閉め切った引き出しは、晴れた日に開けて風を通してください。
文化庁の要項は、ふだんと違う環境へ運んだ品の梱包を解くときは、24時間ほどかけて慣らすよう求めています。印鑑も、荷物が届いてすぐに開けず、しばらく部屋に置いてから取り出すと安心です。
海外への転居には、季節とは別の問題があります。国内で正しく買った象牙の印鑑でも、国外へは原則として持ち出せません。環境省も、一般の方向けの案内でとくに注意を呼びかけています。海外で暮らす予定のある方は、象牙の印鑑をご家族に預けるか、白水牛やチタンで別の1本を用意してください。持ち出せる印材の選び方は、海外へ印鑑をプレゼントする前にで説明しています。
朱肉の汚れの落とし方と、よくある困りごとの直し方
使ううちによく出てくる困りごとを、症状ごとに並べました。多くは、朱肉の付け方と拭き方で直せます。
文字の溝に朱肉がたまっている。スポンジ朱肉に印面を強く押しつけて、付けすぎている
乾いた柔らかい歯ブラシで溝の朱肉をかき出す。朱肉は軽く2〜3回当てるだけにする押したあとの拭き取りをしていない。朱肉の油が表面にしみ込んでいる
使ううえで支障はない。これ以上広げないよう、押したら押さえて拭く。水や洗剤で落とそうとしない朱肉の付いた指で持った。ケースの中の朱肉に側面が触れた
乾いた布で押さえて取る。落ちない跡も、使ううちに目立たなくなることが多い朱肉が乾いている。印面に古い朱肉が固まって、紙に均一に当たっていない
朱肉を新しくする。溝の朱肉を落とす。押印マットを敷いて、「の」の字を書くように圧をかける年月による自然な色の変化。手の脂と光で、白から飴色に変わっていく
直す必要はない。傷みではなく、使い込んだしるし朱肉は、練り朱肉とスポンジ朱肉のどちらでも構いません。練り朱肉は油分が多く、きめの細かい象牙の印面にもむらなく付きます。スポンジのものは手軽ですが、印面を強く押しつけると溝に入り込むので、軽く数回当てる程度にしてください。当店のセットには朱肉が付き、印鑑ケースの内側にも小さな朱肉があります。
象牙の色の変化|飴色に変わるのは傷みではありません
象牙は、使ううちに色が変わる印材です。買ったときの乳白色が、5年、10年とたつうちに、温かみのあるクリーム色から飴色へと少しずつ移っていきます。色づき方は、手の脂と光に触れる時間しだいです。毎日持つ認印は早く色づき、引き出しにしまったままの実印はあまり変わりません。
使い始めから20年の色の移り変わり
色の変わり方は、使う回数や、光と手の脂に触れる時間によって違います。棒の色は目安で、実物とは異なります。
変わった色を元に戻す方法はありませんし、戻す必要もありません。漂白剤や研磨剤を使うと、表面のきめを傷めるだけです。実印を白いまま保ちたい場合は、ケースに入れて引き出しにしまっておけば、色はあまり変わりません。
ひびや欠けが出たときの見分け方と、当店の保証
象牙の印鑑で本当に気をつけたいのは、色ではなく、ひびと欠けです。症状によって、そのまま使えるか、お店に相談したほうがよいかが分かれます。
象牙の印鑑の点検表
印鑑の頭(押す面の反対側)に、髪の毛のような細いひびがある乾燥のサインです。今すぐ押せなくなるわけではありませんが、放っておくと側面まで伸びることがあります。置き場所を見直し、早めに購入したお店に相談してください。
早めに相談する印面のふちが欠け、押した枠が途切れる実印の場合、京都市の例では、印影が鮮明で外枠があることが登録の条件です。欠けたまま押し続けず、彫り直すか作り直して、市区町村の印鑑登録や銀行への届け出をやり直してください。
彫り直すか作り直す線が太く写る、字のすき間が埋まるまず、溝に朱肉がたまっていないかを見てください。朱肉が原因なら、乾いたブラシでかき出せば元のように押せます。
掃除すればそのまま使える色が飴色になった、側面に朱肉の跡がある傷みではありません。印影がはっきり写り、枠がつながっていれば、そのまま使い続けて構いません。
そのまま使うご購入後5年以内の破損や不具合は、状態を確認のうえ、修理や彫り直しをご案内します。ひびや欠けに気づいたら、押し続ける前にお問い合わせください。象牙は印面を削って彫り直せる印材ですので、枠の小さな欠けなら、同じ1本を使い続けられることがあります。欠けた印鑑の扱いは、印鑑の買い替え時期の目安でも説明しています。
よくある質問
乾燥剤やシリカゲルと一緒に保管したほうがよいですか
一緒にしないでください。象牙は湿気より乾燥を嫌う素材です。乾燥剤は空気の水分を取り続けるので、密閉した箱に一緒に入れると、象牙が乾きすぎてひびの原因になります。革のケースと引き出しだけで、湿度の変化はやわらぎます。
乾燥を防ぐために、オイルやクリームを塗ってもよいですか
塗らないでください。油を塗ると、ほこりや朱肉が付きやすくなり、溝にたまって印影を汚します。西オーストラリア博物館の手引きも、象牙を清掃したり手を加えたりする前に、専門家の助言を得るよう述べています。ふだんは、押したら拭いてケースにしまうだけで、それ以上のことは要りません。
うっかり水で洗ってしまいました。どうすればよいですか
一度濡れただけで、すぐに使えなくなるわけではありません。柔らかい布で水気を押さえて取り、部屋の中で自然に乾かしてください。ドライヤーや暖房の前で急いで乾かすと、表面だけが縮んでひびが入ることがあります。乾いたら、印面の溝に水が残っていないかを確かめてから、ケースにしまいます。
実印は年に数回しか使いません。しまったままで大丈夫ですか
大丈夫です。ケースに入れて引き出しに置いておけば、何年も変わりません。押さないと傷む、ということはありません。年に1度、ひびがないか、ケースにカビが出ていないかを見るだけで構いません。長くしまっておく印鑑の扱いは、子どもの印鑑を大人になるまで保管する方法でも素材別に説明しています。
革のケースと桐箱、どちらに入れておくのがよいですか
ふだん使う印鑑は、革のケースに入れておきます。しまっておくセットは、ケースごと桐箱に入れるのが向いています。どちらも、まわりの湿度が急に変わったときに、中の空気の変化をゆるやかにしてくれます。当店の個人の印鑑には牛革のケースが付き、2本セットと3本セットでは桐箱か化粧箱を選べます。
まとめ|象牙のお手入れは、置き場所を決めるところから始めます
まず、置き場所を1か所に決めます。直射日光と暖房の風が当たらない引き出しを選び、乾燥剤や洗面所の湿気から離します。しまっておく印鑑は、ケースごと桐箱に入れておくと安心です。
次に、押したあとの手順を毎回同じにします。ティッシュで印面を押さえて拭き、ケースに入れて、決めた引き出しに戻す。この順番が身につけば、朱肉の汚れはたまりにくくなります。
最後に、点検の時期をあらかじめ選んでおきます。たとえば、梅雨明けと、暖房を使い始める前の年2回です。梅雨明けには革のケースにカビがないかを、暖房の前には印鑑の頭にひびがないかを見ます。あわせて溝の朱肉をブラシで落とし、印面のふちが欠けていないかも確かめます。ひびや欠けに気づいたら、押し続ける前にお店に相談してください。
手入れの習慣とともに、次の代まで使う象牙の印鑑を
当店は経済産業省認定の象牙取扱店です。象牙の印鑑とセットには1点ごとに認定証を添え、牛革の印鑑ケースと押印マット、保証書をお付けします。2本セットと3本セットは桐箱か化粧箱入りで、朱肉も付きます。ご注文から3〜7営業日で発送、送料は全国無料。5年間の保証で、ひびや欠けの修理と彫り直しをご案内します。
長年使った象牙のひびや欠け、彫り直しのご相談はお問い合わせからどうぞ。