CHAPTER 05 印材・素材
象牙の印鑑とワシントン条約|国内で買える理由と持ち出せない理由
象牙はワシントン条約で禁止されているのに、なぜ日本では印鑑として買えるのか。条約が規制するのは国と国の間の取引で、輸出入は1990年から原則禁止です。国内では、種の保存法で国に登録した事業者だけが象牙を販売できます。規制の年表、日本にある象牙の由来、海外へ持ち出せない理由を、環境省の案内と象牙Q&Aをもとに説明します。
公開日: 2026年10月3日
象牙の印鑑を選ぼうとして、「ワシントン条約で禁止されているのでは」と迷っていませんか。当店にも「禁止されているのに、なぜ日本では売っているのですか」というご質問がよく届きます。買っても法律上の問題はないのか、海外へ持って行けるのか、ゾウの密猟につながらないのか、と気になることもあるでしょう。この記事では、条約の仕組みと規制の年表、日本にある象牙の由来、海外へ持ち出せない理由を順に説明します。
ワシントン条約が規制するのは、野生動植物の国と国の間の取引です。象牙の輸出入は1990年から原則禁止ですが、国内での売り買いは条約の対象外です。日本の象牙の印鑑は、条約のルールに沿って過去に輸入された材料から作られています。国内で売れるのは、種の保存法にもとづいて国に登録した事業者だけです。買う側に規制はなく、ご家族が相続するときも手続きは要りません。ただし、国内で正しく買った象牙の印鑑でも、国外へは持ち出せません。海外へ行く予定のある方は、白水牛かチタンをお選びください。当店は経済産業省認定の象牙取扱店で、象牙の印鑑には1点ごとに認定証を添えています。
ワシントン条約とは|動植物の国際取引を3つの区分で規制する仕組み
ワシントン条約の正式な名前は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」です。日本大百科全書によると、1973年3月にワシントンで採択され、1975年7月に発効しました。英語の正式名の頭文字から、CITES(サイテス)とも呼ばれます。日本は1980年に締約国になりました。2023年3月の時点で、国連加盟193か国のうち183か国とEUが加盟しています。
条約は、規制する動植物を「附属書」と呼ばれる3つのリストに分けて載せています。どの附属書に入るかで、取引の扱いが変わります。
絶滅のおそれがもっとも大きい種です。学術研究などの目的に限り、輸出国と輸入国の両方の許可があれば取引できます。
ゾウではアジアゾウは1975年の発効時から、アフリカゾウは1990年から載っています(南部アフリカ4か国のものを除く)
今すぐ絶滅するおそれはないものの、取引を管理しなければ、そのおそれが出てくる種です。輸出国の管理当局が許可証を出します。
ゾウではボツワナ、ナミビア、ジンバブエ(1997年から)と南アフリカ(2000年から)に生息するものが載っています。象牙の取引には、注釈で条件が付いています
ある国が、自分の国に住む動植物を守るために載せ、ほかの締約国に取引の管理への協力を求める区分です。
ゾウでは1976年にガーナが自国のアフリカゾウを載せたのが、条約による規制の始まりです
大切なのは、どの附属書も「国際取引」を規制するものだという点です。条約には、それぞれの国の中での売り買いを直接禁じる定めはありません。国内の取引をどう扱うかは、各国が自分の国の法律で決めます。日本では、種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)で定めています。
象牙の規制の年表|条約の採択から国内の登録制まで
象牙の規制は、一度に決まったものではありません。約50年のあいだに、少しずつ厳しくなってきました。環境省の象牙Q&Aと案内をもとに、主な出来事を並べます。
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1973年3月
ワシントンで条約が採択される
採択から2年後の1975年7月に発効しました。
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1975年7月
アジアゾウが附属書Iに載る
条約の発効と同時に、アジアゾウの象牙は、商業目的で国際取引できなくなりました。
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1976年〜1977年
アフリカゾウが附属書III、続いてIIに載る
1976年2月にガーナのゾウが附属書IIIに加わり、1977年にはアフリカゾウ全体が附属書IIに移りました。この時期は、輸出国の許可証があれば象牙を取引できました。
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1980年11月
日本が締約国になる
1980年11月4日に、条約が日本でも発効しました。1981年から1989年までの9年間に、日本は約2,006トンの象牙を輸入しています。
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1989年〜1990年
アフリカゾウが附属書Iに移り、象牙の国際取引が原則禁止になる
1980年代に東部アフリカで密猟が激しくなりました。これを受けて、1989年の第7回締約国会議で、アフリカゾウを附属書Iへ移すことが決まりました。この決定は、翌1990年に発効しています。
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1997年・2000年
南部アフリカ4か国のゾウが附属書IIに移る
ゾウが安定して生息している国について、条件付きで附属書IIへの移行が認められました。ボツワナ、ナミビア、ジンバブエが1997年、南アフリカが2000年です。
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1999年・2009年
1回限りの特別な輸入が認められる
締約国会議で定めた手続きに従い、1999年は日本だけに、2009年は日本と中国に象牙が輸出されました。日本に入ったのは、2回で合わせて約89トンです。1990年以降、象牙の国際的な商取引が認められたのは、この2回だけです。
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2018年6月
国内の事業者が届出制から登録制に
種の保存法の改正が施行されました。象牙の印材や製品を売る事業者は、国の登録を受けなければならなくなりました。登録は5年ごとの更新です。
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2019年7月
全形牙の登録審査が厳しくなる
全形牙(牙の形がそのまま残った象牙)を登録するときの審査が厳しくなりました。第三者の証言だけでなく、放射性炭素による年代測定などの裏付けが求められます。
日本にある象牙は、どこから来たのか
「1990年から輸入できないのに、なぜ今も象牙の印鑑が作れるのか」という疑問には、数字で答えられます。環境省の象牙Q&Aによると、日本が合法的に輸入した象牙は、統計の残っている範囲だけでも約2,090トンあります。そのうち製品の材料として使われたのは、約740トンと推測されています(2019年12月時点)。
統計の残る範囲での合計
- うち1981〜1989年の輸入約2,006トン
- うち1999年・2009年の1回限りの輸入約89トン
- 製品の材料に使われた量(推測)約740トン
- 条約適用前の取得を証明して再輸出された全形牙(1990〜2018年)17本
出典:環境省「象牙Q&A」(2020年2月6日版)問5、問7、問12。
つまり、今の日本で印鑑になっている象牙の出どころは2つです。1990年より前に輸入されたものと、1999年と2009年に特別に認められて入ってきたものです。環境省によると、この2回の象牙は自然死や駆除で得たもので、1本ごとに登録して管理されています。
象牙が印鑑の材料になった経緯は、環境省の「日本の象牙利用の歴史」にまとめられています。江戸時代には三味線のばちや根付に使われました。明治以降は置物が多く作られ、輸出工芸品の花形と呼ばれた時期もあります。同じころから印章の材料としても広く使われるようになり、やがて日本での主な用途になりました。印鑑は、象牙の使い道の中では比較的新しいものです。
象牙の輸出入と国内の売買は、別の法律で決まっています
象牙に関わる決まりは、2つの法律に分かれています。環境省の案内によると、輸出入は外国為替及び外国貿易法(外為法)で、国内の取引は種の保存法で管理されています。
ワシントン条約と外為法|輸出も輸入も原則禁止
象牙と象牙製品は、日本から持ち出すことも、外国から持ち込むことも、原則として禁止です。例外は、条約が適用される前に手に入れた象牙です。その時期を証明し、経済産業大臣の承認を受けた場合に限り、輸出入できます。条約の適用前に当たるのは、アジアゾウなら1975年7月1日より前、アフリカゾウなら1976年2月26日より前です。
窓口経済産業省と税関。海外から象牙製品を直接受け取ることも輸入に当たります
種の保存法|登録した事業者だけが売れる
象牙の印材や製品を売る事業者は、「特別国際種事業者」として国の登録を受けます。登録は5年ごとの更新制です。広告や販売のときは登録番号などを表示し、取引のたびに記録を付けて5年間保存する決まりもあります。全形牙は、1本ずつ登録票を付けて取引します。
窓口環境省と経済産業省。登録の事務は一般財団法人自然環境研究センターが行います
買う側に規制はありません。環境省の象牙Q&Aによると、一般の方が登録事業者から買うときに、届け出などの手続きは要りません。ただし、登録のない事業者から買うと、買った人も罰則の対象になります。店の登録番号を確かめてから買ってください。
種の保存法は、個人どうしで象牙製品をやり取りする場合についても定めています。法律の第12条は、希少な野生動植物の個体や器官を譲り渡すことを原則として禁止しています。そのうえで、印鑑のように加工され、政令で定める要件に当てはまる製品(特定器官等)は例外にしています。ご家族が相続したり、持っている象牙の印鑑を人に譲ったりすることは、この例外に当たります。ただし、事業として繰り返し売る場合は、個人であっても事業者の登録が要ります。詳しい決まりは、象牙の印鑑とは?の「買っても大丈夫ですか」の項でも説明しています。
象牙の印鑑を海外へ持ち出せない理由
ここまでの仕組みが分かると、「国内では買えるのに、持ち出せない」理由がはっきりします。国内での売買は種の保存法で認められていますが、日本から持ち出せば、ワシントン条約と外為法でいう「輸出」に当たるからです。環境省も、国内でルールを守って買った象牙製品であっても、国外への持ち出しは厳しく禁止されているとしています。一時的に日本を訪れている外国人旅行者への販売についても、持ち出しにつながるおそれがあるとして注意を呼びかけています。
国内で、登録した事業者から買う買う側に規制はありません
できるできるご家族が相続する国への手続きは要りません
できるできる国内のご家族や友人に贈る印鑑のような製品を個人が譲ることは、法律の例外に当たります
できるできる海外赴任や留学に持っていく日本から持ち出すことは輸出に当たります
できないできる海外に住むご家族へ郵送する郵便で送ることも輸出です
できないできる海外からの旅行者が買って持ち帰る環境省は、旅行者への販売にも注意を促しています
できないできる条約適用前の象牙を、証明書付きで輸出する経済産業大臣の承認が要ります。再輸出された全形牙は、1990〜2018年で17本です
承認を受ければできる手続きは要らない税関の案内によると、象牙製品を日本へ持ち込むときも、輸出国の許可書と経済産業大臣の承認が要ります。海外の土産店で象牙の品を買っても、許可書と承認がなければ日本へは持ち帰れません。持ち出しも持ち込みも、「知らなかった」では済まないのが象牙です。
これから海外で暮らす予定のある方や、外国に住むご家族へ贈りたい方は、象牙ではなく白水牛かチタンをお選びください。白水牛は象牙に近い白さと手ざわりで、実印13.5mmが27,600円、3本セットが61,000円からです。チタンは手入れが要らず、3本セットが54,900円からです。それぞれの違いは象牙の印鑑とは?と、海外へ印鑑をプレゼントする前にで比べています。
象牙の印鑑を買うことへの心配と、環境省の説明
「象牙の印鑑を買うと、ゾウの密猟につながるのではないか」。このご心配について、環境省は象牙Q&Aで考え方を示しています。以下は当店の意見ではなく、環境省の説明をまとめたものです。
「日本で象牙を買うと、アフリカの密猟に加担することになる」
環境省によると、近年、日本国内で大規模な密輸の例は確認されていません。日本を行き先とする違法な象牙が、海外で摘発された例もないとしています。ワシントン条約のゾウ取引情報システム(ETIS)の報告でも、日本は違法な象牙の目的地や中継地とは見なされていません。国内で正しく取引されている象牙製品は、過去に合法的に輸入された象牙から作られている、というのが環境省の説明です。
「日本だけが象牙の市場を閉じずに、世界から取り残されている」
2016年と2019年の締約国会議では、すべての国に国内市場の閉鎖を求める決議案が出されました。どちらの会議でも多くの国が反対し、全面的な閉鎖は採択されませんでした。2016年の会議では、対象を「密猟や違法取引に寄与している国内市場」に絞る修正が加わりました。修正後の決議は、全会一致で採択されています。日本が孤立しているわけではない、というのが環境省の見解です。
「1999年と2009年に輸入した象牙は、密猟されたものではないか」
環境省によると、この2回の象牙は、自然に死んだり、人や畑に害を与えて駆除されたりしたゾウのものです。象牙を取るために殺したわけではありません。輸出国が売って得た収益は、ゾウの保全や生息地の保護、地域社会の発展に使われたとされています。
「象牙の取引を全部やめたほうが、ゾウのためになる」
環境省は、ゾウが安定して生息している南部アフリカの国々の考えを紹介しています。これらの国は、自然死や駆除で得た象牙を合法的に売り、その収益をゾウの保全や地域の発展に充てたいと考えています。すべての取引を止めれば、こうした国々は売り先を失い、密猟を防ぐ見回りの資金が減りかねない、という懸念もあります。合法な取引をきちんと管理することが大切だ、というのが日本の立場です。
当店は、種の保存法にもとづく登録を受けた象牙取扱店として、象牙の印鑑をお作りしています。象牙を選ぶかどうかは、お客様のお気持ちしだいです。ほかの印材なら、白水牛、黒水牛、薩摩本柘、チタンもご用意しています。
よくある質問
海外赴任が決まりました。象牙の実印を持っていけますか
持っていけません。日本から持ち出すことは輸出に当たり、無許可で持ち出せば罰則の対象になります。象牙の実印は、ご家族に預けるか、ご自宅に残してください。なお、印鑑登録はお住まいの市区町村で行うもので、たとえば京都市では、市外へ転出すると登録が職権で抹消されます。海外へ転出すれば登録もなくなるため、帰国して改めて手続きをするまでは実印として使えません。海外で印鑑を使う場面があるなら、白水牛かチタンで作ってお持ちください。
日本に住む外国人の友人に、象牙の印鑑を贈ってもよいですか
国内で使う分には、贈って構いません。ただ、その方がいつか帰国するとき、象牙の印鑑は持ち帰れません。いずれ国へ帰る予定のある方には、帰国後も使ってもらえる白水牛かチタンをおすすめします。象牙を贈る場合は、「国外へは持ち出せない」ことを一言添えてください。
祖父が昔買った象牙の印鑑を、海外に住む親戚に送れますか
原則としてできません。条約の適用前に手に入れたことを書類で証明し、経済産業大臣の承認を受ければ、輸出できる場合もあります。ただ、いつ手に入れたかを証明するのは簡単ではありません。環境省によると、この承認を受けて日本から再輸出された全形牙は、1990年から2018年までで17本です。海外のご親戚には、別の印材で新しく作って贈るほうが現実的です。
象牙の印鑑は、将来、日本でも売れなくなりますか
将来のことは、はっきりとは言えません。環境省は、必要があれば象牙の制度をさらに見直すとしています。2018年には、届出制から登録制へと厳しくなりました。ただ、今の法律では、すでに持っている象牙の印鑑を使い続けることにも、ご家族が相続することにも制限はありません。
マンモスの牙の印鑑は、条約の対象ですか
対象ではありません。ワシントン条約が守るのは、今生きている野生動植物です。絶滅したマンモスの牙は条約の規制を受けず、海外へ持ち出すこともできます。ただし、象牙とマンモスの牙は見た目がよく似ています。象牙をマンモスと偽って持ち出すのは違法ですので、海外へ持って行くつもりなら、印材が本当にどちらなのかを確かめてください。見分け方は本象牙の印鑑の見分け方で説明しています。
まとめ|象牙を選ぶ前に確かめる3つのこと
1つ目は、海外へ持ち出す可能性がないかです。赴任や留学、移住の予定があったり、海外に住むご家族に贈ったりするなら、象牙ではなく白水牛かチタンを選びます。
2つ目は、買う店が国に登録した事業者かどうかです。登録番号の表示と、認定証が付くことを確かめます。登録のない店から買うと、買った人も罰則の対象になります。
3つ目は、ご自分の気持ちです。条約や法律の仕組み、象牙の由来、環境省の説明をふまえて決めてください。そのうえで押し心地や風合いに引かれるなら、認定証の付く象牙をお選びください。迷いが残るなら、象牙に近い白さの白水牛をおすすめします。
国内で使うなら象牙を。海外へ持ち出すなら白水牛を
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