CHAPTER 01 印鑑の基礎知識
印鑑はなぜ日本で使われる?署名に替わらなかった歴史と理由
欧米は署名で済ませるのに、日本ではなぜ印鑑を押すのでしょうか。花押という手書きのサインが主役だった時代から、明治6年に「証書には実印」と決まるまでの歴史と、今も印鑑証明書で本人を確かめる理由を、百科事典と法令をもとに解説します。
公開日: 2026年10月10日
「海外ではサインで済むのに、日本ではなぜ印鑑を押すの?」外国の方にそう聞かれて、答えに詰まったことはないでしょうか。脱ハンコの話題を耳にして、これから実印を作るべきか迷っている方もいらっしゃるでしょう。この記事では、日本で印鑑が使われてきた理由を、歴史と今の仕組みの両方からお話しします。
日本で印鑑が使われるのは、1873年(明治6年)に「証書には実印を押す」と国が決め、それが今も続いているからです。それより前の江戸時代から、百姓や町人も役所へ出す書類に印を押していました。明治に入ると、印影(紙に押した印のあと)を前もって届け出る仕組みが整い、今の印鑑登録と印鑑証明書につながります。ヨーロッパは反対に、16世紀ごろから自筆の署名を重んじるようになり、印は公文書に残るだけになりました。
欧米は署名、日本は印鑑|同じ書類でも名前の記し方が違う
欧米では、名前を自分の手で書く署名がもっぱら使われています。日本では、署名に印を添える「署名捺印」か、印刷やゴム印の名前に印を押す「記名捺印」がほとんどです。署名だけで済ませる書類はきわめて少ないと、世界大百科事典は説明しています。
ただ、昔からそうだったわけではありません。ヨーロッパにも印を盛んに使った時代があり、日本にも手書きのサインで済ませていたころがありました。両方の移り変わりを、同じ年表に並べてみます。
印と署名、どちらが主役だったか帯の長さは、年数に合わせています
日本
- 702年大宝令で国の印が定まる
- 平安時代押す印が減り花押が広まる
- 戦国時代武将が花押の代わりに印を押す
- 1873年証書には実印、と国が決める
ヨーロッパ
- 13世紀末農夫や商人まで印を持つ
- 16世紀ごろ印より自筆が重んじられていく
- 18〜19世紀署名で済ませるようになる
- 印が主役
- 署名・花押が主役
- 入れ替わっていった時期
ヨーロッパは「印から署名へ」、日本は「手書きのサインから印へ」と、反対の向きに動いたことが分かります。入れ替わりが進んだのは、どちらも16〜17世紀です。
日本も昔は「サインの国」だった|花押から印へ
日本で印の決まりができたのは、702年の大宝令のときです。国の役所の印が定められ、天皇の印は「天皇御璽」の4字を彫った、約8.7cm四方の大きなものでした。奈良時代の役所の文書には、紙の全面にすき間なく印が押されています。
平安時代に入ると、1通に押す印の数は減っていきます。平安時代の終わりごろには、印をまったく押さない文書も現れました。代わりに広まったのが花押(かおう)です。花押は、自分の名前の字を崩して書いた、手書きのサインにあたります。中世の武家は、文書に印を押さないのがふつうでした。
流れが変わったのは13世紀です。禅僧が、中国の宋で使われていた個人用の印を日本に伝えました。14世紀には、禅僧のあいだで花押の代わりに印を押すことが増えていきます。戦国時代になると、武将も印を押した「印判状」を出すようになりました。織田信長の「天下布武」の印がよく知られています。
江戸時代には、百姓や町人も、役所に出す届け出の書類に印を押すようになりました。世界大百科事典によると、17世紀の中ごろを境に、庶民が花押を書くことは大きく減っています。ただ、庶民の印は認印で、朱肉は使えず、墨で押す黒い印に限られていました。朱肉を使えるようになったのは、1868年9月からです。
「印鑑」という言葉も、江戸時代の仕組みから来ています。もとは、照らし合わせるために関所や番所へ届け出ておく、印影の見本を指しました。届け出た印影で本人を確かめる考え方は、このころからあったのです。
明治6年の布告|証書には実印を押す
今の印鑑の使い方は、明治のはじめに国が出した決まりがもとになっています。1873年(明治6年)7月5日の太政官布告で、同じ年の10月1日から、証書に爪印や花押を使うことが禁じられました。太政官布告は当時の政府が出した法令、証書は契約や貸し借りを証明する書類のことです。爪印(つめいん)は、指先に墨や朱肉を付けて押すしるしを指します。
富山県公文書館には、「証書の爪印及び花押を廃し十月一日より実印使用につき布告など覚」という記録が残っています。国の決まりが、地方にも伝わっていたことが分かります。
明治以降、印は花押よりも強い証拠として扱われるようになりました。照らし合わせるための印影を前もって届け出る「印鑑」の仕組みも整っていきます。百科事典マイペディアによると、慣習や法令に後押しされて、署名の代わりに記名捺印で済ませるのがふつうになりました。
布告が始まった10月1日を、全日本印章業協会は「印章の日」としています。毎年9月の最終日曜日には、これを記念して京都の下鴨神社で印章祈願祭が開かれます。長く使った古い印鑑を本殿でご祈祷し、境内の印納社に納める行事です。
印鑑が今も使われる3つの理由|届け出た印影で本人を確かめる
明治から150年あまりたった今も、印鑑は使われ続けています。印影を照らし合わせる仕組みが、暮らしの大事な手続きに組み込まれているからです。3つに分けてお話しします。
実印は、住んでいる市区町村に登録した印鑑です。申請すれば、登録した印影を写した印鑑証明書を役所が出してくれます。ブリタニカ国際大百科事典によると、この証明は法律で定めた制度ではなく、明治以来の慣習として市町村が続けてきた事務です。
民事訴訟法第228条4項は、本人の署名か押印がある私文書を、その人の意思で作られたものと推定すると定めています。私文書は、契約書のように個人や会社が作る文書のことです。国の「押印についてのQ&A」によると、実印は印鑑証明書で印影の一致を示しやすく、認印ではそれが難しくなります。
不動産登記令第16条は、書面で出す登記の申請書に記名押印し、印鑑証明書を付けるよう定めています。証明書は、作られてから3か月以内のものに限られます。家を売るときや、住宅ローンを組んで家を買うときに実印が要るのは、このためです。
法律の上でも、実印は暮らしに欠かせない道具として扱われています。民事執行法第131条は、裁判所による差し押さえでも取り上げてはならない品を挙げています。その1つが、「実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの」です。
海外に住む日本人の手続きを見ると、印鑑証明書が本人確認の土台になっていることがよく分かります。日本に住民登録がないと、印鑑登録ができず、証明書も取れません。法務省によると、不動産登記ではその代わりに、日本の領事が作る署名証明を付けることが認められています。海外へ引っ越す前の備えは、海外移住前に実印は必要?で説明しています。
今の日本の印鑑は、用途ごとに3本に分けて持つ
明治の実印から始まった仕組みは、今では用途ごとに3本を使い分ける形になっています。市区町村に登録する実印、銀行や信用金庫に届け出る銀行印、どこにも届け出ずに日々の書類に押す認印です。
3本に分けるのは、本人確認に使う大事な印影を、いろいろな書類に残さないためです。実印を宅配便の受け取りにまで押していると、その印影が人目に触れる機会が増えてしまいます。3本それぞれの違いは、実印とは?銀行印・認印との違いと登録までの流れにまとめています。どんな場面で使うのかは、実印はいつ必要?をご覧ください。
よくある質問
印鑑を使うのは、日本だけですか
日本だけではありません。韓国にも、印鑑を役所に届け出て証明を受ける仕組みがあります。ソウル特別市道峰区の案内には、本人が窓口で署名して受け取る「本人署名事実確認書」も載っています。印鑑証明書と同じ効力がある書類です。
日本に住む外国人も、実印を作れますか
作れます。住民登録をしていれば、市区町村で印鑑登録ができます。印鑑に彫る名前は、住民票に載っている表記に合わせます。詳しくは、外国人でも実印は作れる?で説明しています。
署名だけで受け付けてもらえる書類はありますか
あります。婚姻届や出生届などの戸籍の届書がその例です。戸籍法第29条が求めているのは届け出る人の署名で、押印は任意になっています。押したい方は、今も押せます。
「印鑑」と「印章」「はんこ」は、同じものですか
ふだんは同じように使われますが、指すものは少しずつ違います。もともとは、手に持つ道具を印章、届け出ておく印影を印鑑と呼び分けていました。はんこは、印章の親しみやすい呼び名です。言葉の違いは、印鑑・印章・はんこの違いとは?でお話ししています。
まとめ|これから印鑑をそろえる順番
これから印鑑をそろえるなら、大事な手続きに使うものから先に用意します。まず、住民票の名前で実印を作り、住んでいる市区町村で印鑑登録をします。住宅ローンや車の登録、相続の手続きでは、日程が決まってから作り始めると間に合わないことがあります。
次に、口座を持つ金融機関に届け出る銀行印を、実印とは別に1本用意します。最後に、宅配便の受け取りや社内の書類に押す認印を分けておきます。3本セットでまとめて作ると、素材やケースをそろえられます。直径も1本ずつ違うので、取り違えを防げます。
実印・銀行印・認印を、京都の職人がお名前に合わせて制作します
職人が1本ずつ印面を設計し、彫刻します。通常の印鑑には京印章証明書を添えてお届けします。印鑑ケース付き、全国送料無料、5年保証です。