CHAPTER 14 京印章・京都
ダルマ屋印房の歴史|大正15年に伏見で創業した印章店の100年
2026年に創業100年を迎える京都・伏見の印章店、ダルマ屋印房の歴史をたどります。大正15年(1926年)の創業、初代 池上喜三郎の志、「七転び八起き」の願いを込めた屋号の由来、四代にわたる継承、京印章制作士 池上翠雲の歩みをまとめました。
公開日: 2026年10月10日
印鑑は、何十年も使い続ける品です。だからこそ、どんな店で、どんな人が作っているのかを知ってから注文したい、という方もいらっしゃるでしょう。この記事では、京都・伏見の印章店である当店ダルマ屋印房の歴史を、創業のいきさつから順にお話しします。当時の伏見のようすや、京都の印章づくりの歴史にもふれます。
ダルマ屋印房は、大正15年(1926年)に京都・伏見稲荷の麓で、初代の池上喜三郎が開いた印章店です。屋号には、失敗しても立ち上がる「七転び八起き」の願いを込めました。店と技は四代目まで受け継がれ、2026年で創業から100年になります。いまは京印章制作士の池上翠雲が、伏見の店で印鑑を制作しています。
ダルマ屋印房の100年帯の長さは、それぞれの元号が続いた年数に合わせています
- 1926年伏見稲荷の麓で創業
- 1931年伏見市などが京都市と合併し、伏見区ができる
- 1984年職人の池上翠雲が入店
- 2026年創業から100年
創業|大正15年、伏見稲荷の麓に店を開く
当店は、大正15年(1926年)に伏見稲荷大社の麓で生まれました。伏見稲荷大社は、商売繁盛と五穀豊穣の神様で知られる神社です。
そのころの伏見は、酒造りで勢いのある町でした。京都市伏見区役所によると、大正時代に入って酒造業が大きく伸び、町の経済も広がりました。昭和4年には、伏見町が伏見市になります。創業から5年後の昭和6年には、伏見市や深草町などが京都市と合併し、いまの伏見区ができました。
京都は、古くから印章の文化が根づいてきた土地でもあります。明治7年には、いまも国の文書に押されている天皇の印「天皇御璽(てんのうぎょじ)」を、京都の職人が作りました。明治23年には印章店が集まって組合を立ち上げ、これがいまの京都府印章業協同組合につながっています。当店も、この土地の印章づくりを受け継ぐ店として始まりました。
初代 池上喜三郎|生糸卸の家から、印を彫る道へ
初代の池上喜三郎は、生糸の卸を営む家に生まれました。明治に入ると、だれもが姓を名乗り、自分の印鑑を持ち、契約などに使う時代が始まります。明治6年には、一般の人も実印を使えるようになりました。喜三郎は、印を彫る職人の技術と、その仕事が人の暮らしを支えることにひかれていきました。厳しい修行を重ねて京都に伝わる技を身につけ、独立して開いたのがダルマ屋印房です。
「人の節目を支える道具を、誠実に作り続ける」。初代のこの姿勢は、100年たったいまも、店の考え方の土台になっています。
屋号「ダルマ屋印房」に込めた、七転び八起きの願い
初代は、「七転び八起き」の願いを込めて、屋号を「ダルマ屋印房」としました。デジタル大辞泉によると、七転び八起きとは、多くの失敗にもめげず、そのたびに奮起して立ち直ることです。
ダルマは、禅宗を開いた達磨大師の座禅の姿をまねて作った張り子の人形です。底が重くできていて、倒してもすぐに起き上がります。商売繁盛や開運出世の縁起物として、長く親しまれてきました。大正時代から店頭に飾ってきたダルマは、いまも当店の目印です。
印章とダルマには、屋号のほかにもつながりがあります。世界大百科事典によると、いま私たちが使う個人の印は、鎌倉時代に京都の禅寺から広まった禅僧の印の流れをくんでいます。屋号のダルマも、ふだん使う印章も、もとをたどると禅の文化に行き着きます。
戦火と時代の変化を越えて、四代目へ
店は、戦火や時代の変化を乗り越えながら、二代、三代、四代目へと受け継がれました。どの代も、規模を広げることだけを追いかけず、お客様一人ひとりに向き合って、地道に印鑑を作ってきました。100年続けてこられたのは、支えてくださったお客様のおかげです。
職人 池上翠雲|昭和59年の入店から40年以上
京印章制作士 池上翠雲
いま当店の印鑑を制作しているのは、職人の池上翠雲です。京都の生まれで、日展作家としても知られた篆刻(てんこく)家、故・村上石堂氏に師事しました。昭和59年(1984年)にダルマ屋印房に入り、それから40年以上、京都で印鑑を作り続けています。
印章業界の大きな展覧会である「大印展覧会」で入選し、京印章の制作士としても認定を受けています。
当店と職人について-
京都で
篆刻家の故・村上石堂氏に学ぶ
石や木に字を彫る篆刻を、村上氏のもとで身につけました。
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昭和59年
ダルマ屋印房に入店
伏見の店で、印鑑の制作に携わるようになりました。
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入店後
大印展覧会で3つの部に入選
篆刻の部、角印の部、書道の部で入選しています。
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いま
京印章制作士として印鑑を作る
入店から40年以上。お名前の字に合わせて印面を設計し、仕上げと検品までを受け持っています。
京印章制作處として、証明書を添えて届ける
京印章を制作して販売するには、審査に合格しなければなりません。当店は、京印章の販売を認められた「京印章制作處」です。職人の池上も「京印章制作士」の認定を受けています。
通常の印鑑には、京都府印章業協同組合の「京印章証明書」をお付けしています。証明書には、材質・サイズ・書体のほか、販売店名と制作士名が入ります。本象牙の印鑑には象牙認定書が、開運印鑑には鑑定書が付きます。
開運印鑑は、お名前を鑑定してから作ります。鑑定士の大山照正は、京都を拠点に姓名鑑定に携わってきました。大山がお名前の画数と字の組み立てを読み解き、その結果をもとに職人が印影を設計します。仕組みは開運印鑑とは?で説明しています。
いまのダルマ屋印房|伏見の店と、全国への通販
店はいま、京阪本線の伏見桃山駅から歩いて5分ほどの、伏見区風呂屋町にあります。店頭では、印鑑のご相談を承っています。通販では、全国にお届けしています。通常は、ご注文から3〜7営業日で発送します。送料は無料で、5年間の保証が付きます。
ダルマ屋印房
- 創業
- 大正15年(1926年)
- 住所
- 〒612-8058 京都市伏見区風呂屋町269
- 電車
- 京阪本線「伏見桃山駅」から徒歩5分。近鉄京都線「桃山御陵前駅」から徒歩7分
- 電話
- 075-611-2622お電話でのご相談は、定休日も承っています
店舗での相談と通販での注文の流れは、京都で印鑑を作るならでも紹介しています。
よくある質問
ダルマ屋印房は、いつ創業したのですか
大正15年(1926年)です。京都の伏見稲荷大社の麓で、初代の池上喜三郎が開きました。2026年で、創業から100年になります。
店名の「ダルマ」には、どんな意味がありますか
初代が、失敗しても再び立ち上がる「七転び八起き」の願いを込めて名付けました。ダルマは、倒してもすぐに起き上がる縁起物です。店頭に飾ったダルマは、大正時代から当店の目印になっています。
伏見の店で、職人と直接話せますか
はい、ご来店でのご相談を歓迎しています。ただし、時間帯によっては職人が店にいないことがあります。直接話したい方は、来店の日時を前もってお電話かお問い合わせフォームでお知らせください。
長く続く店の印鑑は、値段が高いのですか
当店の価格は、印鑑の種類と印材、大きさで決まります。薩摩本柘の実印は10,700円から、実印・銀行印・認印の3本セットは21,700円からご用意しています。どの印鑑も、同じ職人がお名前に合わせて作ります。
ダルマ屋印房で作った印鑑が欠けたら、どうなりますか
ご購入から5年以内の破損や不具合は、状態を確かめたうえで、修理や彫り直しをご案内します。保証期間を過ぎたあとも、まずはご相談ください。
まとめ|創業100年の店で印鑑を作るときの進め方
まず、実印・銀行印・認印のどれを何本作るかを決めます。初めてそろえる方は、3本セットにすると一度に用意できます。次に、伏見の店で相談するか、通販で注文するかを選びます。来店して職人に相談したい方は、日時を前もってお知らせください。彫る前のデザインを見たい方は、ご注文の際に「印影のご確認」で「確認する」を選んでください。届いた実印は、お住まいの市区町村で登録してから使います。
100年続く伏見の店で、あなたの名前の1本をお作りします
京印章制作士の池上翠雲が、お名前の字に合わせて印面を設計し、1本ずつ制作します。通常の印鑑には京印章証明書をお付けします。印鑑ケース付き、送料無料、5年保証です。
- 1大正15年に伏見稲荷の麓で創業。2026年で100年になります
- 2職人がお名前の字に合わせて印面を設計します。同じ印影は2つありません
- 3京印章証明書を添えてお届け。作り手と産地が分かります